女も不安定

私の高校時代は好きな人がいたことが唯一の光だったようなもので、それ以外は真っ暗だったわけなんだけど。きっと、こんな状況だから情緒不安定でグズグズなんだろうなと思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。

外へ出て人と接するときには、人間の形を保っていられるのに、家に帰ってひとりになるとどうもおかしくなる。それと家を出る前。

気持ち悪い、人前に出ていい格好してない、外出たくない➝けど単位が危ういので渋々家を出る(この時点で欠席・大遅刻決定)➝(ごく一部の)授業おもろい!人とおしゃべり嬉しい!楽器弾くの楽しい!➝帰宅➝あ…予習しとかないと…それとオンデマンドの講義も進めておかないとどんどんたまっていく…でもとりあえず今日締め切りの課題出さなきゃ……24時過ぎた…課題しかできなかった… みたいな感じのサイクルだ最近。躁鬱?

やりたいことだってたくさんあって、休日にあれやろう、これしようと思っていても、結局ツイッター見て終了。何もしなかった自分への絶望を抱えたまま月曜を迎える。

なんで私って本当にこんなんなんだろう。もう大人にならなくちゃいけないのに、未だに幼稚で不安定で死にてーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!だれか早く殺してくれ。痛みを伴わずに。甘いものだけ食べたい。

言いたくなる

私は自分自身のダメなところを人に言いたくなる癖がある。

課題やってない。遅刻しちゃった。単位落としちゃった。なんて言えば印象が悪くなる(とまではいかなくとも、良い方向に向かうことはほとんどない)のに、なぜ言いたくなるのだろう。

決して、カスエピソードを持っていることがかっこいいだとか、それをユーモアだと思っているわけではない。

たぶん、笑い話にしないとやってられないからだと思う。

真剣に向き合おうとすると、つらすぎるから、笑い話にすることで心の負担を軽くしている。言い換えれば、現実から目をそらしているだけなんだけど。

周りの人に「私ってこんなにダメなやつなんですよー、笑ってやってください。」という気持ちでいるから、「うわーやばいじゃん笑」みたいな感じであまり深刻にならずに受け流してくれると嬉しくなる。

そんなふうにちゃんと向き合わないでいるから、いつかツケが回ってきて、さらに自分を追い込むことになるんだ。

創作

現代文で、1年間に2回くらい、物語の創作をする授業があった。

私はこの課題が大嫌いだった。

特に伝えたいメッセージがあるわけでもなく、何もないところから物語を考えるのは苦痛だし、何より、好きな先生にセンスの無さを露呈してしまうことが嫌で仕方なかった。(これは創作の授業に限らず、教科書に載っている小説を読んで、感想を書かされるときにも思っていた。)

考える時間はあったのに、こんなにつまらない、ありきたりな話を書いたのだと思われるのが怖くて、何か面白いものを捻り出せないかと提出期限のギリギリまで粘ってみたこともあるけれど、結局はオチがどうしても思いつかなかったり、作品の仕上がりが気に入らなかったりして提出せずに終わることがほとんどだった。

実力を測られてしまうことを異常に怖がって、そもそも勝負をするという選択肢から逃げている感じ…。どことなく、李徴に似ている気がする。自尊心と羞恥心。

高校の現代文で扱う小説の中で、最も影響を受けたと言っても過言ではないくらいの話だったのに、こんな有様だ。山月記を読んだ後に書いた「李徴にならないように生きたい」という感想は既に嘘になってしまった。

話が逸れてしまったけど、とにかく、尊敬する先生に今の自分が持つ語彙力や発想力、想像力などの全てをさらけ出すのが本当に嫌だった。

作品を通して、自分自身の浅さを見透かされてしまいそうで、恥ずかしかった。

 

だけど、今になってふと考えてみれば、高校生のど素人がそんなに面白い話を作れるわけはないし、実際どうだったかはわからないけど、内容じゃなくて提出したかどうかで成績をつけていたんだろうから、どれだけ自分の作品に納得いかなかったとしても提出はするべきだった。

それに、先生はただ純粋に「この人はこんな文を書くんだなー」と思うだけだったんじゃないかな。それ以上でもそれ以下でもなく、そのまんまの意味で。

だから、恥ずかしがらずに、評価を気にせずに、もっと素直に書いてみればよかったと後悔している。たぶん、先生もそんなありのままに書かれた作品を読みたいと思っていたんじゃないか。まあ、それも今になって言えることかもしれないけど。

いやいや、でもやっぱり、おっと思うような作品も中にはきっとあったんだろうし。それが誰が書いたものかはみんな知らないんだろうけど。いや、もしかしたら「なかなかよかったよ」と言われた人はいたかもしれない。私はその人になりたくて、なりたくて…。

好きな人の好きなもの

もう会うことはないであろう好きな人が教えてくれたバンドばかり聴いている。

全く世代じゃないし、彼らの代表曲を聴いてもあまりいいなと思えなかったけど、好きな人が教えてくれたのが嬉しくて、好きな人がどんな音楽を聴いていたのか気になって、ずっと聴いていたらだんだん好きになってきた。

不純な動機で聴いていたのが彼らには申し訳ないけど、今では好きな人の存在を抜きにしても彼らの音楽が好きだと言える。…と、思う。

やっぱり、好きな人が好きだと言ったことで補正がかかっているのかもしれないし、曲を通してまだ好きな人を追いかけ続けているのかもしれない。